投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

新着順:43/60 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

当時の雑誌

 投稿者:四国の野球好き  投稿日:2008年 3月26日(水)20時24分45秒
  通報 編集済
  四国の者ですが、なつかしいですね、能代の高松投手。
3年生の夏に、優勝候補の箕島高校を相手に孤軍奮闘しましたが、スミ1で敗退したのは非常に残念でした。(1-0で勝つところが箕島らしさなのでしょうが。)

怪腕さんが「当時スピードガンもなく」と書いているのが気になって書き込みしました。
確かにテレビやラジオではスピードガン表示はなかったのですが、当時の週刊ベースボールの甲子園特集号(だったと思います、記憶では。)には、数名の投手のスピードが表記されていたと思います。スピードガンが話題になり始めた時期ではなかったでしょうか。

中では、星稜の小松投手が139kmで一番早く、我が四国・今治西の三谷投手が136kmで負けていて悔しかったのを覚えています。サウスポーの優勝投手、東洋大姫路の松本投手も136kmでしたね。140km台はいなかったなあ。
智弁の山口投手は130km以下だったと思います。彼は剛速球投手というよりは、シュートに威力がある投手でしたね。他は覚えていませんが、宇都宮学園の見方投手(字が違うかな?)が、載っていたと思いますが、数字までは覚えていません。
ただ、小松投手がプロ入り後すぐに150kmを超えるスピードだったことを思えば、これらの数字は、非常に精度の低い、マユツバもんの数字だと思いますが…。
 
》記事一覧表示

新着順:43/60 《前のページ | 次のページ》
/60